「──と、いうわけで行ってきてください。燐」
「はい?」

 ここ──地霊殿の執務室で、火焔猫燐ことお燐は素っ頓狂な声を上げた。
 燐は仕事が一段落ついたので少々シエスタをと思っていたところをさとりに呼ばれて執務室にやってきた。部屋に入ると、大きな机を挟んで椅子に座ったさとりがいた。さとりに促されて椅子に座りながらも、燐は何か悪いことしたっけと思った。するとさとりが開口一番にそう言ったのだ。まるで訳が分からない。

「…………」

 燐は今あるヒントの中でさとりの言わんとしていることを考えてみるが、ヒントが少なすぎて何も思いつかない。一分弱してようやくさとりが口を開いた。

「……あぁ、すみません。前のように盗み聞きをしていたと思いまして」
「うぐ……」

 燐は言葉を詰まらせた。前というのはたまたま燐が執務室の前を通りかかった時さとりの独り言が聞こえて、そのまま好奇心に任せて盗み聞きに至ってしまったという事件だ。燐の心の声を聞き取ったさとりはものすごい勢いで執務室の扉を開けると、顔をトマトのように真っ赤にしながら「早く仕事に戻りなさい!」と言い、バタンと執務室の扉を閉めた。その夜、さとりに呼ばれた燐は、そこで盗み聞きをしただけなのにこっぴどく叱られた。燐はというと、小さいさとりの声をほとんど聞き取ることが出来なかったためとんだ損だったのだが。

「前にこいしが地上の山の方の神社に行ったのは知っていますね?」
「あ、はい」

 燐はこいしが嬉々として地上のことを話していたときのことを思い出した。
 あたいとさとり様とお空が戦った人間に出会って、神様とも仲良くなったって話でしたよね?

「そうです。こいしがその神様に山で取れるという湧き水をもらったという話は?」

 えーと、確か地下の水とは違った味がしたとか言ってた気が……。その話ですよね?

「ええ。そうです。覚えているなら話は早いですね。では、行ってきてください」
「……はい?」

 あの、お願いですからもう少し分かりやすくお願いします。

「ですから、私もその水を飲んでみたくなったので取ってきてくださいと」
「さとり様、口に出さないと伝わらないことって、あると思うんです」
「私は別に口に出さずとも伝わりますが」
「あたいは無理ですから!」

 あたい、ただの火車ですし。

「まぁそんな話はどうでもいいです」
「いやいや! 今後のために少しは考えてくださいよ!」
「それで結局取りに行ってくれるんですか? 行きますよね? 行け」

 くそう。あたいに拒否権は無しかよ。

「盗み聞きをした大罪者にあるとでも?」
「盗み聞きが大罪!? それなら殺人はどうなるんですか!」
「無罪じゃないですか? 私たち妖怪ですし」

 それもそうですけど盗み聞きのほうが罪は軽いと思いますよ。

「燐、よく覚えておきなさい。殺人は後に何も残りません。しかし盗み聞きは心に傷を残してしまいます」

 残るか! 殺人のほうがよっぽど残るわ!

「ほぅ、主人に向かってそんな口の利き方をするのですか」
「ごめんなさい」

 こう見えても昔、謝る姿が一番似合ってるって言われたあたいだ。あたいの謝罪に引き下がらなかった奴はいない。

「ではもっと謝ってもらいましょうか」
「すみません、ほんと、勘弁してください」

 ……さとり様の前では意味無いけどね!

「さて、では行ってもらいますがいいですよね?」

 そう言うとさとりはニヤリと笑い、どこからともなくマタタビを取り出した。燐は一瞬、負けてはいけないと思った。一瞬。

「もちろん行きますとも!」

 あたいだって猫さ。仕方の無いことくらいある。



 さとりは「では!」と一際大きな声を上げて部屋を出て行った燐の、その心の声が聞こえなくなるのを見計らって「はぁ」と溜息をついた。

「……すみません、燐」

 いつの間にか手に持っていた鍵で、さとりは机の引き出しのうちの一つを開けた。そしてそこから一枚の紙を取り出すとそれをやや憂鬱そうな表情で見つめた。
 紙には可愛らしい文字で「プレゼント」と書かれていて、その下に候補らしい物の名称がいろいろと書き連ねられていた。

「一体どれがいいものでしょうか……」

 さとりが悩んでいる事の一番の発端はこいしである。
 こいしがさとりに「お燐はいつも真面目に働いているんだから、少しは日ごろの努力を労ってあげたらー?」と言い、さとりがそれに対してそれもそうだと頷いた。そしてどうせだったら何か物をあげようと思い至った。
 さとりは早速紙を取り出してお燐の欲しそうなものを書き連ねてみた。しかし、よくよく書き連ねてみたものを見てみると、それは燐個人の欲しそうなものというよりは猫の欲しそうなものだった。さとりは予想以上に燐について知らないことに気づいた。
 さとりがそうしたものかとうんうん悩んでいたところに、ふと「さとり様はなにをなさっているのだろう」という心の声が聞こえた。さとりが耳を良く澄ますとそれは部屋の扉の向こうから聞こえていると分かった。盗み聞きされた、と思ったさとりは急いで扉に向かい、扉を力任せに開けた。するとそこには燐がいた。驚くとともにすごい恥ずかしさに襲われたさとりは、早く仕事に戻りなさいと怒鳴るように言ってしまった。
 その夜、心を読んで好みを聞くにも、やはり言葉に出して聞いてみないと燐も猫の欲しいもの程度しか心に無く、しかも呼び出した明確な理由を考えていなかったために適当に昼間の件を叱るということにしてしまい、燐に良い事をするつもりが逆に迷惑をかけてしまうという不本意な結果にいたってしまった。

「はぁ……」

 さとりはもっと正直に慣れはしないものかと思った。好みだって、少し勇気を出して聞けば済んだ話のはずなのに、それが出来なかった所為で燐に迷惑をかけてしまった。

「…………それにさっきも……」

 さっき燐を呼び出したのも、今度こそ勇気を出して好みを聞こうと思ったからなのだが、またも聞けず、適当な理由をつけて地上に行かせてしまった。……もっと勇気を出せるようになることが、さとりの当面の課題であった。

「おねーちゃんっ!」

 さとりがうんうん唸っていると、急に背後から抱きつかれた。最初は何が起こったのかわからず、ややパニックを起こしていたが、冷静に考えてみると心の声をさとりに聞かせずに近寄れる妖怪など、少なくともさとりの身の回りには一人しかいない。

「……こいしですか。何か?」
「へぇー。ふーん、ほー……プレゼントかぁ、やっぱりそうだったかぁー」

 こいしはさとりの頭の横から顔を出し、さとりの手に持った紙をまじまじと見つめてそう言った。あらかた自分の言葉に頷いた私の行動が気になって見に来た、というところだろうとさとりは思った。

「な、何か悪いですか?」
「いやー? でもそれを考えるためにお燐ちゃんを地上まで行かせるのはどうかと思うよ」
「な、そ、そんなつもりじゃありませんでしたよ。私のちょっとした過ちでああいったことになってしまったのです」
「過ちって?」
「それは……」
「まさかこの前の夜みたいなこと? ……あれは流石に私も殴りこみに行きたくなったよ。お空に止められたけど」

 さとりはこいしに言われて改めてあのときの自分の悪さを思い知った。普段あまり感情的にならないこいしが殴りこみに行きたいとまで思ったのだ。自分はきっと相当悪者に見えたのだろう。

「……燐は私に対して少なからず怯えのような感情を持っています……。……私は怖いのです。私が何か行動を起こして、その結果燐に嫌われてしまうのではないかと思うと。そのくせ、自分から嫌われるような行動に出て……。……すべては、勇気を出せない私が悪いのです……」
「…………あーもー! お姉ちゃんのバカー!」

 こいしはさとりの言葉を聴くと急に声を荒げた。さとりはビックリしつつもこいしに反論をした。

「な、い、いきなりなんですかこいし。確かに私はバカのような行動をしてしまいましたがそこまで率直に言うことは無いでしょう」
「そうじゃなくて、ずっとそうやってクヨクヨしてるのがバカだって言ったの! お燐ちゃんにプレゼントをあげて日ごろの働きを褒めてあげるんでしょ? じゃあネガティブなシンキングをしてないでもっとちゃんと考えようよ!」
「……確かに、それもそうですね。……それにしてもどうしたことでしょうか……私には何がいいのか皆目見当がつきません……」
「そんなダメお姉ちゃんの為に私が用意してきました! じゃじゃーん!」

 そう言うとこいしは手元からいきなり一枚のメモを取り出した。

「これはお空ちゃんに書いてもらったお燐ちゃんの好み! これさえあればお姉ちゃんの悩みは一気に解決!」
「こいし……」
「実は中はまだ私も見てません! 姉妹揃って見ましょー!」
「わかりました」

 こいしは裏にして机の上にメモを置き、せーの、と言ってそれを裏返した。

「……………………」
「……………………」

 そして、場を静寂が支配した。

「……………………」
「あ、お姉ちゃん! 部屋の隅っこで壁を向きながら体育座りしないで!」

 さとりは一瞬にして部屋の隅に移動すると、体育すわりをしてブツブツとつぶやき始めた。

「……こいし、私かなり期待してたんですよ? あとはブツの準備だけだって……」
「ブツって……。と、とりあえずこれはある程度予想できてた事態だから他の打開策を考えないと!」
「……いいですよ、一人で、静かで、救われながらノーヒントで考えますよ……」
「わ、私も一緒に考えるから!」

 メモの真ん中には普通よりやや大きいサイズのやや汚めの文字で「おぼえてません」と書かれていた。



 燐は疲労の減少のために猫型になると、大きめの竹筒を体に巻きつけて地霊殿を出て一気に地上を目指し、山の麓まで来た。そして辺りの山肌を中心に探し始めた。しかし、探せど探せど湧き水は見つからず、時間だけが過ぎていった。麓に着いたときに夕方だった空は、もう夜が降りている。

──あちゃー……もっとしっかりとした情報もらってくるんだったなぁ……。

 湧き水と言えば山の麓の方に出ていそうだと思い探してはいたのだが、ただそこには木が生えていたり草が生えていたりするだけ。水の気配は少しもしなかった。

──と、なるとやっぱりあそこにあるのかな……。

 燐は来る途中に見た樹海を思い出した。
 山の麓の半分以上は樹海だった。もちろんそこにある確率はかなり高いのだが、見た感じかなり深い樹海のようだったので迷うのは御免だと思ってその遥か上を飛んでスルーしていた。しかし、樹海以外のほとんどの場所は見てきたがそれらしき場所は発見できなかった。と、なるとやはり樹海にあるか、もしくは山の上と考えるのが普通だ。しかし、燐が今居る場所より上は天狗の領域だ。うかつに踏み込んで面倒事になるのは避けたい。……こいしだったら誰にも気づかれずにいけるのだが、燐だとそうはいかない。猫の姿でも妖気を感じ取られたら終わりだし。

──うーん……このまま手ぶらで帰ってさとり様に叱られるのも嫌だしなぁ……。

 燐はやや悩んだ結果、思い切って樹海に入ってみることにした。
 とりあえず近くの木々の薄いところから入ってみると、薄いはずの場所なのに今までの明るさとは打って変わって暗く、毒々しい風景がそこには広がっていた。薄暗く、外の光が半分以上は遮られていると感じられるそこには、少し地下に通じるものを感じた。しかしもっと奇妙だったのは冬であるにもかかわらずほんのりと暖かさを感じるところだ。木々によって冬の空気からも遮られているというのだろうか。

──それにしても……本当に深いね。

 うん、実を言うとあたい、もうほとんど迷った。たぶん真後ろに進めば戻れるんじゃないかな程度しか分からない。でもあたいの人生今まで結構行き当たりばったりでどうにかなってきたし、今回もどうにかなるんじゃないかなって思う。最悪この樹海で未来を作っていけばいいんだし。

──って、抜け出せないこと前提かあたい!

 自分で自分にツッコミをするあたい。……うん、なんかテンション下がる。端から見たら変な猫だろうし。

──まぁ……この樹海には誰も住んでそうに無いけどねぇ……。

 人間は論外。妖怪が住んでいたとしても、まず人間が通るはずが無いから食糧難に陥るだろうし、それにこんな、迷路よりも複雑な場所の地理なんて少なくとも燐は覚える気になれなかった。そもそもずっと独りなんて自分には無理だと燐は思った。
 もしこんな所に妖怪が住んでたらきっとその妖怪は寂しい奴なんだろうなぁ。

──それにしても疲れてきた……。

 燐は最近ちょっと働き詰めなところがあった。と、いうのも前の異変の事後処理や、火を取り戻した地獄跡の調整だったりで、半分は自分の所為であるのだが。内容はともあれ、燐はいつも以上に働いた。それこそ文字通り寝る間も惜しんで。

──う〜ん……。

 ちょーっとでいいからお昼寝したいなぁ……でもここで寝ちゃうと当分起きられないんだろうなぁ。まぁなんだかさとり様もものすごく湧き水を欲しがってた(?)し、ここは最後まで職務を全うしなきゃね!

──よしっ!」

 ──ぱしっ!

 燐は自分の頬を自分の両前足で叩いて気合を入れなおした。

──絶対見つけるぞー!

 そう言って走り出した。




──うん。今度こそ本当に迷った。

 地霊殿を出てからもう半日が経っただろうか。樹海の中は空を見ることが出来ないので良く分からないが、体感でそんなものだろうと燐は思った。
 湧き水を見つけるという決意から数時間、燐は樹海で迷っていた。もともと当ても無く彷徨っているようなものだったので迷うのは時間の問題と言えば時間の問題だっただろう。

──ど、どこにあるのさ〜。出てきておくれよ湧き水〜。

 うー……もしかして樹海には無いのかな……。
 燐は今一度ヒントを聞いてこなかったことを後悔した。

 ──ひゅ〜……

 落ち込んでいると、燐は突如落下していくような奇妙な感覚を覚えた。いや、実際に飛んでいる状態から落下していた。

──わっ!

 ──すたっ!

 ……あれ?
 燐は急に飛行状態から落下した自分に呆然とした。おかしい。確かに疲れてはいるけれどもまさか飛行できないほどに疲れているはずは無いと。どうやら疲れは燐の予想以上に体に回ってきているらしかった。
 今まで燐は効率を考えて猫型で飛行するという感じで湧き水を探していた。これは人型で歩き回るよりも効率がいいからだ。しかし、その上で飛行できなくなったということは、

──…………えと、もしかしてあたい大ピンチ?

 薄暗くて異常に広い樹海。食料っぽいのは見当たらず、おまけに迷子。そして止めに飛行不可。あまりにもこの樹海から抜け出すには欠けている物が多すぎる。

──お、落ち着くのよお燐。今まで行き当たりばったりでどうにかなってきたんだから今回もどうにかなるはず! きっと今回も……そう、さとり様のようにあたいを助けてくれる妖怪が……

 そこまで考えて燐はキョロキョロとあたりを見回す。

──…………うん、こんな樹海に誰も居るはず無いよね……。

 燐はとりあえず他人の助けが入ることを諦め、自力で樹海から抜け出すことを考えた。

──こ、ここだって一応幻想郷だ。まっすぐに歩いていればいつか出れるはず。

 考え方としては悪くないのだが、この状況では不毛だった。しかし、燐にはそうするしか無い。

──それに、もしかしたら運良く湧き水も見つかるかもしれないし。

 燐はあくまでも任務を全うする気でいた。
 燐は人一倍頼まれたことは最後までやり遂げるという気持ちが強かった。それは他者の期待を裏切りたくないという燐の思いと──これはさとりに限ってのことであるのだが、自分を拾ってくれたお礼の意もあった。
 さとりは燐から見れば恐ろしい主人であり、憧れを感じる存在でもあり、母親のようなものでもあった。普段は表に出さないが、燐はさとりをこれ以上となく慕っていた。たとえどんな時でも、さとりに拾われてから燐はそのことを忘れたことは無かった。それはもちろん、今もそうで、

──さとり様、湧き水は絶対に持ち帰りますからね。

 心の中には任務を辞めるという気持ちは無かった。
 もともと燐はマタタビに釣られたわけではなかった。……完全にそうで無いといえば九割くらいは嘘になるが、さとりの頼みであったからというのもある。あれがもしこいしや空の頼みだったならばもう少し反応は変わっていただろう。……結局は受けるのだが。
 燐は改めて頬を叩き、気合を入れなおすと再び進行し始めようとした、が

──さてと、湧き水はどーこっかな…………!?

 誰か、いる。
 燐は近くに何かの気配を感じた。気配は妖怪のようで、人のようで、別の存在のようでもあった。数は一、どんどんとこちらに近づいてくる。気配から察するにそこまで力は無いのだろうが、感じたことの無い気配なのでそれが燐の恐怖を煽る。もし、今ここにいるのが全快の燐だったのならば、この程度の気配には余裕たっぷりで「じゃじゃーん!」とかやっているのだが、状況が状況だ。この程度の相手でも今の普通の猫同然の燐にはもちろん手の余るものだった。

──ど、どうする? どうするよあたい! もし敵だったらあたい生命の危機だよ!

 ガサガサと木々の間を通っていく音が聞こえて、燐は集中した。いつ、どんな攻撃がきても反応できるように。

──できれば穏便に済ませたいけどっ!

 ──ガサガサ

──!

 ついにその相手が姿を現した。

「……あら? 変ね。ここら辺で妖怪の気配がしたから来てみたんだけども……いるのは何故か竹筒を体に巻きつけた一匹のおかしな猫だけ。……私の勘違いかしらね」

 出てきたのは緑色の髪の毛に赤いリボンをたくさんつけた奇妙な少女だった。見たところ別に敵のようではなさそうだったため、燐は少し気を緩めた。

「まぁここに動物が来るのも……特に猫なんかは珍しいわね。迷子かしら」
──そう! まさにそれだよお姉さん!
「にゃ!」
「あら、元気がいいのね。結構厄が溜まってるからてっきり不幸にまみれて元気のげの字も無いと思ってたわ」

 少女は燐の肯定を見て何か変なことを言い出した。しかし、燐にとってそんなことはどうでもよかった。今は敵ではなく、しかもなんか助けてもらえそうな者に出会ったことが重要だった。

「にゃーっ! にゃーっ!」
──お姉さん! ちょいと不幸なあたいを助けておくれよ!
「え? 何々? 『あんたなんて死ねばいい!』?」
「にゃ!?」
──すごい解釈された!?

 燐は困った。このままでは自分の言わんとしていることを伝えられずに少女にその場から去られてしまうかもしれないからだ。

──こんなチャンス二度と来るはず無い! …………そうだ!
「にゃーっ!」

 ──しゅばっ!

 燐は自らの前後の足をバネのようにして、勢いよく飛び上がった。そして少女の抱きつき、行動で自分の言いたいことを示……そうとしたのだが、

「甘いわ」

 ──さっ……べちっ!

 避けられた。

──ええー!? そこ避ける!?
「私に飛びつこうだなんて光年レベルで早いわ。出直してきなさい」
──出直すもなにもただ助けてもらいたいだけなの! あとついでに突っ込んでおくけど光年を時間だと思って間違えちゃうのはベタすぎるよ!

 少女はそのままどこかに行ってしまった。燐は先ほど飛びついたので体力を消耗してしまい、反動で動けない。燐はあおむけになった。

──あぁ……あたいの運命もここまでだったってことか……。思い起こせばいろいろあったなぁ……本能的にお空を食べようとしたり本能的にお空を食べようとしたり意図的にお空を食べようとしたり……でも今じゃ全部良い思い出……
「諦めるのはまだ早いわ!」
──戻ってきた!

 燐は再び気力を取り戻し、今度はトテトテと少女に近付いて行った。

「あらあら、そんなに私を求めてどうしたの?」
──言い方が卑猥だ!
「その様子じゃ……というかこんなところに動物かいるってことは迷子なんだけど。見たところかなり弱ってるわね。……ま、そんなところだと思ってたわ。飲みなさい」

 そう言うと少女は水の入った柄杓を燐に差し出した。
 燐は少し匂いを嗅いで、安全と判断した後にその水を口にした。

 ──うわぁ……。

 すごく美味しい。

「にゃぁ!?」
──この水は……まさか湧き水!?
「あら、そんなにこの水が美味しかったのかしら? 喜んでもらえたみたいで良かったわ」

 そう言うと少女は微笑んだ。そしてそのまま燐を抱き上げて歩き出した。スイスイとまるで樹海に道があるかのように歩いていく。燐は少女の腕の中が暖かかいと思った。

「助けてあげるわ。樹海から出してあげる。でもその前にその疲れを癒すことね」




 燐はそのまま連れて行かれ、やがて小さな小屋のような家に着いた。少女は中に入り、燐の体から竹筒を取り外した。そして居間らしき場所に燐を置くと一人で奥のほうに行ってしまった。少女が一人で奥に言ったことを待っていろということだと解釈した燐は、その場から動かないことにした。暇つぶしにキョロキョロと辺りを見回すと、こに家は外観からは想像できないほど内観が綺麗で、そして家具などのものが少ないのが分かった。
 あの少女は一体何者なんだろう?

「さ、用意は出来たわ」

 少女がやってきて燐をまた抱き上げた。抱き上げられる瞬間、何故か先ほどとは打って変わって寒気を感じた。少女は燐を居間の奥、多分台所だろう場所に連れてきた。目の前にはゴポゴポと音を立てているお鍋。

──…………。
「…………」
「…………」
「……さ、お風呂よ。入りなさい」
「に゛ゃっ!?」
──や、やっぱりー!!

 燐はじたばたと少女の腕の中でもがいた。しかし予想外にも力が強く抜けることが出来ない。それどころか少女は燐をつまみあげ、鍋の上に持って行……くような仕草を見せて止めた。

「冗談よ冗談。私は肉類は食べないわ」

 そういうと少女は近くに用意してあった野菜をぱぱっと鍋の中に入れた。

──冗談に聞こえなかった……。

 燐は安心してため息をついた。

「さて、じゃあメインディッシュのあなたを……」
「に゛ゃに゛ゃ!?」
──やっぱり冗談じゃなかった!?
「落ち着きなさい私がそんなことをするように見えるかしら?」
──……見えます、すごく。

 燐は少女に対する警戒心を強めた。いつ取り殺されるか分かったもんじゃない。
 少女は見たところ力の弱い妖怪のようだった。しかし、妖気は全く感じられない。力のようなものは感じられるが、それは妖気ではない。何か別の力のようだった。

「さて、出来たわね。厄神様の御神水で作ったお味噌汁よ。……あなたも食べるかしら?」
「にゃん!」
──もちろんさ!

 燐は少女のその言葉に頷いた。

「残念だわ。いらないのね……」
「にゃにゃ!?」
──頷いたのに正反対に受け取られた!?
「嘘よ。ちゃんとあげるわ」

 そう言うと少女は自分によそったのより一回り小さな器によそって、

「ああ、猫だから猫舌の筈よね……ちょっとゴポゴポ言わせてくるから待ってて」
「にゃっ!?」
──イジメ!? というかそれ猫舌じゃなくても食べられない!
「大丈夫。蒸発はしないようにするわ」
「にゃにゃっ!?」
──しかも蒸発ギリギリまで温度を上げるつもりだ!

 少女が器に火をかけようと動く。

「にゃ! にゃ!」
──待って待って!
「……うふふ、冗談よ」
──本当に冗談好きだねぇ!


 燐はいい加減素直に行動してほしいと思った。
 少女は燐の器と自分の器を持つと居間の方へと行き、燐はそれを追って居間に入った。少女は卓袱台の一箇所に座ると燐に手招きをした。行くと少女は燐の器を机の上に置き、燐も持ち上げて机の上に置いた。

「では、いただきます」
「にゃーん」
──いただきまーす。

 燐はこの少女が不思議だと思った。冗談なのか本気なのか良くわからないことを言い、相手をからかう。でもやるべきことはちゃんとする。少し、さとりに似ているとも燐は思った。

 ──ずず……

 燐は前足を使って器用に味噌汁を飲んだ。

──あ、これもおいしい……。

 少女の腕が良いのか、それとも使った材料……特に水が良いのかは知らないが、今まで食べた味噌汁の中では一番おいしいと感じた。

──お姉さん! おかわり!
「にゃあっ!」
「? お味噌汁しかないのかって? 私は幻想郷一を自負できるくらい少食なのよ」
「にゃっ!」
──そんなこと聞いてないよ!
「分かってもらえたようでよかったわ」
「にゃーん……」
──意思が伝わらないって辛いね……。……あ、そうだ! お椀を持ち上げてみれば気づいてくれるんじゃ!?

 燐は後ろ足を使って立つと器を前足で器用につかみ、それを持ち上げた。

「あら、すごいわね。あなた将来大道芸人になれるわよ」
「にゃっにゃーん!」
──ちっがーう! おかわりだって!
「何? 美味しいお味噌汁をくれてありがとう。神に感謝? 嬉しいわね」
「にゃーん!」
──だから違ーう! ……ああ、ネコミミモードになれないかな……。

 燐は早く自身の力が回復してほしいと思った。

 ──ことっ

「はい」
「にゃ?」

 気付けばいつの間にか燐の手の中から無くなっていた器が、中身を一杯にして机の上にあった。

「おかわりが欲しかったんでしょ? 入れておいたわ」
「にゃ!」
──ありがとうお姉さん! ……もしかして今までのって冗談でやってたのかな……?

 まぁどっちでもいいかと燐は思い、またお味噌汁を食べ始めた。



 その後が大変だった。
 風呂に連行され、少女と一緒に入り、体を乾かす。……聞けば普通に思うかも知れないが、その作業の間燐は精神的にも肉体的にも、ことあるごとにからかわれていたのだ。
 そして今、それに耐え切った燐は、普通に飛行できる程度には回復していた。おまけに少女はどこかに出かけている。……と、なるとやることは一つ。

──お礼も言わずに出て行くのは失礼だけど、

 ──きゅいぃん……

「さとり様が待ってるからね」

 燐は人型になり、近くに置いてあった竹筒を手に取ると家を出た。
 少女の言動から察するに、彼女の使っていた水こそが自分の求めている湧き水だろうと予測した。そして少女はその水を燐と会った場所からそう遠くないところから取ってきたようだった。
 この家と燐が少女に会った場所もそこまで離れてはいない。さらに燐の頭の中には少女が燐と会った場所から水を取りにどの方向に行ったのかということすらも入っていた。

「もうこれは王手だね、湧き水さんや」

 燐はニヤリと笑って歩き出した。
 五分ほど経って少女と燐の会った場所に着いた。そして燐はそこの木々の並びと記憶を照合してみた。

「……あっち、かな」

 方向は少女の家のある方向のやや右。
 燐はもうあとは帰るだけだと言わんばかりの表情で進んだ。少しして、水の音が少し聞こえた。

「よし来た!」

 燐は音のする方向に木々を抜けた。するとそこには樹海としては珍しい、やや広めの空間があった。そしてその中心には湧き水。どうやら山の一部から水が流れ出るようなものではなく、地面から湧き出るものらしかった。燐は一歩踏み出した。

「やっぱり来たわね」
「!?」

 声と共に少女が木の影から姿を現した。

「自己紹介するわ。私はこの樹海の住人、鍵山雛よ。あなたは?」
「あ、あたいはお燐。……あたいが普通の猫じゃないってどうしてわかったんだい?」
「知ってる? 普通の猫は尻尾が一本なのよ」
「あ…………」

 ……確かに。あたいにとって普通だったから気付かなかった……。

「それに普通の動物はこの樹海に入ろうとしないの。嫌われてるのかしらね。まぁ体に空の竹筒を巻きつけてたり私の言葉を理解しているような行動を取っている時点で猫又を知らなくてもわかるけど」
「う…………」
「まったく……それだから弄りたくなるのよ」
「関係ない!? どうして弄りたくなるの!?」
「本能よ。猫又の猫を見るとつい弄りたくなってしまうの」
「ピンポイントすぎる! 絶対嘘だ!」

 人型で会話してみるともっとよくわからない少女だと燐は思った。

「それであなたの目的は……見たところ何か水のようなものを持っていくことらしいけど、一体何を持っていくつもりなのかしら? 滝も川もあちらよ?」

 そう言って雛と名乗った少女は滝と川のあるだろう方向を指差した。

「生憎そんじょそこらの水じゃ役不足でね。あたいはそこに湧き出ている水がほしいのさ!」

 そう言って燐は湧き水のある場所を指差した。

「あらー、そんなところに水が湧いてたのねー。うれしーわー」
「棒読み!? 絶対知ってたよね!」
「し、知らないわ私……知らなかったの……」

 言って雛はよよよとその場にへたり込んだ。

「どんな反応!? 知らなかったことは罪じゃないから!」
「え? そ、そう?」
「少なくともその程度で罪になったりはしないから!」

 さとり様だったら分からないけど。盗み聞きで大罪だし。

「よかったわ。これで知らなかったってことになった」
「いやいや! なってないから!」
「ちなみに空の竹筒はあなたがここに現れるということの最大のヒントになったわ」
「やっぱり知ってるんじゃん! というかさっき私がここに来るって分かってたって言ってたじゃん!」

 雛は燐のそんな反応を見て「この子面白いわ」と漏らした。そしてニッコリと笑って、言った。

「ねぇ、水は新鮮な方がいいでしょう?」
「え? そりゃあね」
「じゃあ今日はやめておきなさい」
「なんでさ」
「あなたはこの樹海から出られるの?」

 燐は言葉を詰まらせた。
 ……確かにそれは無理だね……。

「もちろん私はこの樹海の全てが頭に入ってるからあなたを案内できるけど」
「じゃあ案内しておくれよ」
「嫌よ。さっきあなたを見つけて持ち帰ったときに私は疲労の限界を超えたの」
「それにしては今ピンピン動いてるね!」

 何故か雛は燐に水を持って行かせたくないみたいだった。燐は理由を聞いてみることにした。

「そんなに水を持っていかれるのが嫌なの?」
「え? 別にそんなことは無いわよ。持っていきたければ持っていけばいいわ。第一持っていかれたくない奴が新鮮かそうで無いか聞く?」
「??」

 燐はさらによく分からなくなった。水はどうでもいいとなると一体何のために……?

「まぁ今日はゆっくり休みなさい。あなたにとってそれが一番よ」
「むー……どうしてもだめなの?」
「どうしてもと言うか……」

 ──ぽんっ

「!?」
「そうするしか無いのだけれど」
──あ、あれ? な、なんでまた?
「あなた寝てもいないのに回復するとでも思ってるの? というか疲れてるっていう感覚が麻痺するまで動くって言うのも凄いわね」
──う……それは……そうだけど。
「にゃん……」
「何を考えてるかは分からないけど、休みは何事にも重要よ。休みがある行動っていうのが一番効率が良くなるの」

 そう言うと雛は燐に近付いてきた。そして燐を抱き上げると家がある方向に歩き出した。

「眠りなさい、ぐっすりと。こんな静かな夜だもの、何もあなたの安眠を妨害するものは無いわ」

 雛は燐を撫でた。何回か撫でられているうちに、燐は子守唄を歌われた子供のように眠り始めた。




「にゃっ!」
「あら、起きたのね。おはよう」

 燐が目覚めるとそこは雛の家だった。なぜか正座をしている雛の上で寝ている。
 とりあえず燐は雛の上から降りると変身できるか試してみた。

 ──ぽんっ!

「もう変身するの? 力は温存しておいたほうがいいと思うわよ」
「いや、早く帰って水を渡さないといけないからね。それにもう結構回復してるからそこまで関係ないし」
「へぇ……水を取ってくるのは誰かにあげるためなのね。初耳だわ」

 そりゃあ言ってないもん。さとり様でもないのに知ってるって言われたらびっくりだしね。

「まぁ落ち着きなさい。焦ってもいいことは無いわ、特にあなたは」
「あたい限定!? あなたは!?」
「私にはそういう補正がついてるから大丈夫なのよ、リンリン」
「補正!? 何それ! あと黒と白の熊にありそうなあだ名をつけないで!」

 雛は立ち上がり、朝食を作るから待っていろと燐に言った。燐もここまで来たら朝食まで食べていくつもりだったので、それに素直に従った。燐が雛に自分も何か手伝うと言ったところ、一人で大丈夫という返答が返ってきた。
 ややあって雛はお茶碗とお箸を二つ持ってやってきた。

「御神水を使ったおかゆを作ったわ」

 言って雛は燐と自分の前にお茶碗とお箸を置いた。

「そう言えば、御神水御神水って言ってるけど、ありゃ何の水なのさ」

 燐と雛ははお茶碗とお箸を取り、いただきますをした。燐はおかゆを食べながら雛に聞いた。

「知りたいの? あれはこの樹海の神様、厄神様の御神水よ」
「厄神様? 一体なんだいそいつは」
「幻想郷の最高神よ」
「え!?」
「能力は世界を支配する程度の能力ね」
「すごっ! 厄神様すごっ!」

 まるで独裁者だ。知らない間に地上にはそんなのがいたなんて。

「冗談だけど」
「冗談かい!」
「冗談に決まってるじゃない。誰よその私最強キャラ。……でも厄神様は本当にいるわよ。厄神様は不幸を集める神様、それ故にその周囲にいる者は皆不幸になってしまう。孤独な神よ」
「孤独な……」

 燐は少し、さとりが思い浮かんだ。

「そんな樹海に住んでる雛は何者なんだい?」
「私? ……うふふ、さて誰でしょうね」
「教えてくれないのかい……」

 ──ぱきん……

「?」

 燐は音に反応してそちらのほうを見た。すると燐持ってきた竹筒に大きなひびが入っていた。

「ぎゃー! これじゃ水が持っていけないー!」
「? 竹筒が割れでもした?」
「え? なんでわかったんだい?」
「…………山育ちだから目がいいのよ」
「机の陰になってるよね! 目の良さの問題じゃないよね!」
「そういうもんなのよ。ま、竹筒はわたしのをあげるわ」

 本当にどうしてわかったんだろう。

「……まさか雛が厄神様とか?」

 燐は冗談半分で聞いた。すると雛はニッコリと笑って。

「ええ、実はそうなのよ」
「あー、やっぱりかぁ。そうだと思ってたよ」
「あら、わかってたの? ビックリね」
「……………………」
「……………………」

 …………えぇー。

「嘘ぉ!」
「本当よ。この樹海には私しか住んでいないもの。あの水だって私が最初に見つけたから私の御神水なのよ」
「自分勝手だ!」
「あら、心外ね。この樹海は私の神社みたいなものなのだから別にかまわなでしょ?」
「土地すらも勝手に!」

 なんて勝手な神様なんだろう。

「あなたの竹筒は割れた。私の所為でね。これが私の力よ、すごいでしょ?」
「……確かにすごいね……」
「まぁこれくらいすごくないと自分に納得がいかないけど」
「雛ははずっと独りだったの?」
「自分から不幸になりに来る者がいるとすれば、そいつは相当のバカ者ね」

 自分から来るようなバカ者はいないってことか……。

「私は不幸を集めて回る。それが人のためになるのなら。……今までもそうだったし、これからもそうでしょう……」

 雛はふっと笑った。そして心の中では「決まった!」と思っていた。雛としてはここで燐の突込みが来ることを期待して、わざとらしく言ったつもりだったのだが、燐の目にはそう映ってなかった。

「雛…………」

 燐はハッとした顔でこちらを見ながら涙を流していた。雛はその顔を見て「え?」と戸惑った。雛としては普通に事実を述べただけだったし、別に涙するほどのことではないと思っていたのだが、

「あたい、決めたよ!」
「な、何を?」
「毎日……と言いたいけれどあたいにも仕事がある。……一週間、一週間に一度はここに来るよ!」
「へ? い、いやあなた、自分から不幸になってどうするのよ!」
「それで雛が救われるのなら、あたいはそれでいいさ」

 雛は後に語る「あの子、猫とは思えないほど綺麗な顔をしていたわ」と。
 燐が厄にまみれてしまう危険性を考える反面、雛は思った。
 まったく、最近は馬鹿者が増えて仕方ないわ。
 雛は河童や秋の神のことを考え、くすりと笑った。




「と、言う訳で御神水の所まで来たわ」
「誰に言ってるの!?」
「かつて数え切れないほどの妖怪が求めたという御神水の所に来たわ」
「初耳だ! というか言い直した意味が分からない!」

 燐は雛に新しい竹筒を貰い湧き水の所にやってきた。着くと、水は昨日と変わらず小さな泡を立てて湧いていた。
 雛は近くに置いてあった柄杓をつかむと、それに水を取って飲んだ。燐は自分も飲もうと思って雛がひしゃくを置くのを待った。すると雛は柄杓を持ったまま言った。

「あなたには素手という素敵な道具があるじゃない」
「あたいは素手!? 差別だ!」
「何言ってるのよ。神聖な神の柄杓よ? それも私という世界神の」
「まだ言ってる!? 雛は世界神じゃないから!」
「ええっ!?」
「何信じられないって顔してるの!?」

 雛は面白いと言って燐を笑うと、柄杓を差し出した。差し出す瞬間、柄杓から青黒い何かが雛に移った。

「何か、取った?」
「あら、目がいいのね。今のが『厄』よ。人の不幸。今はあまり無いから見えていないけど、厄集め中とか終わった後には私の周りに貴方が見たそれがまるで霧のように沢山あるのよ? 厄いでしょ」
「厄い……まぁ、よく分からないけどあまりいい気分にはならなかったよ」
「うふふ、あなたは私から見るとかなり厄を持っているのよ? 私以外が見るには一度体から離れないといけないからあなたには見えていないけど」
「う……それはちょっと嫌だね……」

 燐は柄杓で水をすくって飲んだ。そして昨日飲んだのと変わらないおいしい水がそこにあるのを認識した。

「んく、んく……ぷはぁ……。うーん、うまいねぇ! やっぱり山の水は違う!」
「あら、そんな血眼になって涎をダラダラ垂らすほどに美味しかったかしら?」
「血眼になってないし涎も垂らしてないから!」
「知ってる? この水は一度飲んだら三日に一回は飲まないと禁断症状が出るのよ?」
「うそっ! もう飲んじゃった!」
「う、そ」

 一瞬本気にしたよ!
 燐は竹筒を取り出すと蓋を開けて湧き水の溜まりに入れた。

「早く入れなさい。早く届けなきゃいけないんでしょう? 誰にだかは知らないけど」
「あ、うん」

 そう言えば昨日のうちに帰る予定だったのに結局一番泊まっちゃった……。地霊殿を出て、地上に出たときが夕方くらいだったから……丸一日地霊殿に帰ってないんだよね……。……さとり様、こいし様、お空、みんな心配してるんだろうなぁ……。
 燐は竹筒に満タンになるまで水が入ったことを確認して蓋をした。
 ふと、燐はあることを聞いてみようかと思った。雛だったら、もしかしたらいい答えをもらえるんじゃないかと。

「ねぇ雛」
「何かしら」
「自分が好きな相手……まぁ友達がいるとしてさ」
「友達、ねぇ」
「その相手を自分が好きだけれど、相手が好いてくれているかっていうのは分からないわけじゃん」
「そうねぇ。分からないわねぇ」

 燐はスクッと立ち上がった。

「それでもし自分が相手がどう思ってるのか知りたいときってどうしたらいいかな。……単純に好きか嫌いかで」
「妙なことを聞くのね。簡単な話じゃない」
「え?」
「聞けばいいのよ。遠まわしな言い方をせずに、率直に」
「い、いや、そんな」
「誰しも率直な質問には正直に答えたくなるものよ。よっぽどひねくれた奴じゃない限りね。まぁ……一番良いのは心が読めることだけどねぇ……。そんな都合良くはいかないけれど。とりあえず聞いてみてないのなら聞きなさいな。何度でも、しつこくでも」

 そういえば、さとり様に聞いてみたことって無かったなぁ……でも直接聞くのも怖いし……あぁ、どうしたらいいんだろう……。

「まぁ何事にも勇気は必要よ。思い切り突進して当たってみなさい、砕けたら……まぁ私の所にくれば慰めてあげないことも無いわ」
「……うん、まぁ試してみるよ」
「……さ、ついて来なさい。樹海の出口まで連れて行ってあげる」

 そう言うと雛は歩き出した。スイスイと樹海の中を抜けていく。燐は雛が長い歳月をこの樹海で過ごしているということを実感した。道がないはずの樹海をスイスイと、迷うことなく抜けていくのはすごいと思った。しかし、寂しいとも思った。
 やがて、結構長い時間歩くとそこは薄暗い樹海とは違って冬晴れの空が美しい昼の草原だった。

「私が行けるのはここまでね」
「ここまで来れば大丈夫さ」
「え?」
「え?」

 雛は燐の発言に不思議そうな声を上げた。燐は自分が何かおかしなことでも言ったかと思い、記憶を探った。しかし何一つおかしい部分は発見できなかった。

「あなたが……ここから迷わないで家に帰れるの!?」
「もしかしてバカにしてる!? 樹海さえ抜ければ余裕だよ!」
「家に帰るまでが樹海です」
「何が!?」

 雛はうふふと笑うとくるっと、舞を舞うように一回転した。

「あなたの体についてしまった厄を集めるわ。ついでにサービスで元々あなたの体についてたのも。これであなたは当分相当不運な目に会うことはなくなるでしょうね」
「おおっ! それはすごい! ありがとう雛!」
「どういたしまして」

 雛はもう数回転した。その最中に先ほど見たのとは比にならないほどの量の厄が雛に飛んでいった。

「…………終わったわ。じゃ、また会いましょう」
「うん。…………いろいろとありがとう、厄神様」
「うふふ。こちらこそ面白い妖怪に会えてよかったわ」
「そう言って貰えると嬉しいよ。じゃ」

 燐は雛に手を振り、そして駆けていった。




「ただいま戻りましたーっ!」

 燐はバンと大きな音を立てて扉を開けて地霊殿に入ると、開口一番にそう言った。
 するとややあって廊下の奥のほうから足音が聞こえてきた。

「燐、お帰りなさい」
「さとり様……」
「話があります。落ち着いたら執務室に来てください」
「……はい」

 ……あ、水はどうしよう。

「一緒に持ってきてください」
「……はい」

 そう言うとさとりは奥へと下がって行った。そして今度はこいしがさとりとすれ違うようにして燐の前に現れた。

「おりーんちゃーん」
「あ、こいし様。ただいま戻りました」
「あ、それは聞こえてたから分かってるよ。でさでさ、いなかった一日の間に何を? 好きな人とイチャイチャ?」
「す、すす好きな人なんていませんよ!」

 こいしの言葉に燐は顔を真っ赤にして答えた。

「そ、そうです! そんなことは許可しません!」

 さとりも顔を真っ赤にして禁止した。

「さとり様いつ戻ってきました!? さっき自室に戻りましたよね!」
「私も気づかなかったよ! お姉ちゃんもついに無意識化!?」
「……はっ! ……あとで執務室まで来るように」
「一体何があったんですかさとり様!」

 さとりは今度は足早にその場を去って行った……と思ったら曲がり角に隠れてこちらの様子を伺っている。

「…………」
「き、きっとお姉ちゃんにも言葉では言い表せない事情があるんだよ! とりあえず今は私とお話しよっ!」

 燐はとりあえずさとりを見なかったことにして、こいしとの会話に集中することにした。

「ええと、いなかった一日の話ですか? それがちょっと帰れない事情が出来てしまいまして……」
「……まさか本当にイチャイチャ?」
「だ、だから違いますって!」
「そ、そうですよこいし! 本人が違うって言ってるんですし、まずそれらしき人物が心にいません!」

 さとりはまた一瞬にして現れて否定の言葉を言った。

「お姉ちゃんまた無意識!?」
「さとり様はだから何をやってるんですか!?」
「……!」

 さとりは今度は何も言わずにその場から去った。曲がり角にもいない。

「ええと、それで事情って?」
「……はい。その、人型になれないくらいに力がなくなってしまってて……」
「なんと! 燐、大丈夫でしたか!?」
「お姉ちゃん」
「……はい」

 あ、こいし様。私もそろそろしつこいと思ってたところです。
 さとりは今度こそトボトボと歩いて地霊殿の奥のほうに消えていった。

「えと……大丈夫だった?」
「はい。とある神様に助けてもらったおかげでどうにか生き残れました」

 こいしと燐は近くの来客室の扉を開けて中に入った。そして向かい合って座った。ややあって扉がキィ……と音を立てて少し開いたが、こいしも燐も無視することにした。

「神様って?」
「ほら、こいし様言ってたじゃないですか、山の神様に会ったって。その神様ですよ」
「え? ケロちゃん? お燐ちゃんよく山の上まで行けたね、天狗が見張ってるのに。……まぁ山の水は上まで行かないと取れないから仕方ないけどさー。……で、どうやって行ったの?」
「山の上? ケロちゃん? あたい山の麓で湧いてた水取って来たんですけど」
「え?」
「え?」

 こいしと燐はお互いに首を別の方向に向けて右手を顎に添えた。そして二人して考えた、一体何がおかしいんだろうと。

「お燐さんや」
「は、はい。な、何でしょうかこいし様」

 こいしは目を細め、口を三角形にして言った。

「ちょいとー、水を飲ませてもらってもよかとですか?」
「あ、はい。今お注ぎしますね」

 言うと燐は近くの戸棚からグラスを一つ取り出した、持ってきた。そしてそれをこいしの前に置いて竹筒の蓋を開け、グラスの半分くらいまで水を注いだ。

「……んくっ……わ、おいしー! でも私が前飲んだのと違うね、やっぱ」
「……やっぱりですか」

 燐は床に両手をつくと、四つんばいになって首をだらりと下げた。

「ま、まぁ私が前飲んだのよりも美味しかったからいいんじゃん?」
「そ、そんなもんですか?」
「うん。だからとりあえず座らない?」
「あ、はい」

 燐はもう一度椅子に座った。

「で、山の麓って言ってたけど、どこにそんな湧き水あったの?」
「山の麓の樹海ですよ。こう、バーっと広がってる」
「あー……あの樹海かぁ。バーっと広がってる」
「はい。そこに神様が居たんですよ。とても面白くて、とても優しい、けど一人ぼっちの」
「一人ぼっち?」
「その神様は人の不幸を一人だけで背負ってるんです。そのために彼女の周りに居ると不幸になってしまう。だから彼女は一人なんですよ」

 こいしは少し考えるような表情をして、そして燐に聞いた。

「その神様は幸せそうだった?」
「…………そうですね、幸せそうでした。見せているだけかもしれませんけど」
「そっかぁ…………」

 それだけ言ってこいしは顔を一変させた。

「それで不幸うんたらって言ってたけどお燐ちゃんは大丈夫だったの?」
「はい。持って行った竹筒が割れたりしましたけど、他にはそこまで目だって不幸な目には会いませんでしたよ。……あ、ちなみにこの竹筒はその神様にもらったものです」

 燐は竹筒を指差して言った。
 その後も燐は雛についてこいしに話した。始終扉の方から物音が聞こえたが、気にすることなく会話を続けた。
 地上であったことを大方話し終えたところで、こいしがそろそろおやつの時間と会話を打ち切り、部屋を出て行った。扉を出た辺りでドタバタと騒がしい音が聞こえてきたが、燐は敢えて無視することにした。燐はその音が静まった頃に来客室を出た。
 廊下には誰の姿も見えず、そこには静寂だけが居てその場を支配していた。燐は自室へと歩みを進めた。始終何がしたいのかよく分からなかったさとりと、雛には週一で会いに行くと言ったものの休みが取れるかどうか分からない今後のことを考えながら。



 燐はその後、来客室に竹筒を置き忘れたことを思い出し取りに戻ったがそこには既に竹筒は無かった。困惑していると、机の上に一枚のメモを見つけた。そこにはさとりの筆跡で「持って行っておきました」と書かれていた。燐はまたヘマをしてしまったと沈んだ。



 夕食も終わり、ある程度考えていることが落ち着いた頃、燐はさとりに執務室に呼ばれていたことを思い出して自室を出た。地霊殿の廊下を一分ほど歩き、執務室の前に着いた。燐は胸の前に両手を置くと、はぁ、と息を吐き、入った。

 ──かちゃ……。

 中にはさとりが、いつもとは違って机の前に立っていた。燐は少し首を傾げたが、こういう日もあるのだろうと思って深く考えるのはやめた。
 さとりは先ほど急に出てきた時とは打って変わって冷静な顔つきをしており、自然と燐の気持ちも引き締まった。

「燐、違う水を持ってきたらしいですね」

 さとりのその言葉を聞いて燐はビクッとした。そしてまずはそのことについて叱られるのだろうと思った。

「すみません」

 燐は頭を下げて謝った。こればかりはもう一度地上に行かないとどうしようもできない。だからもう一度地上に行かされるかもしれないと思った。
 さとり様は次に何を仰るんだろう……。
 燐の思考はネガティブな方向に向いていた。燐は今まで仕事において失敗をしたことはほとんど無かった。あったとしても些細な失敗程度で、それも最近は全く無かった。なのでこの失敗は燐にはとても大きく映った。それもあって、燐はやがてさとりに捨てられるのではと思い始めた。

「燐」

 燐はさとりに名前を呼ばれてビクリとした。

「顔を上げてください」

 言われて燐は恐る恐る顔を上げた。

「謝らなければいけないのはむしろ私のほうです。あなたにとんだ無理をさせてしまったのですから」

 期待した場所にさとりの姿は無く、かわりに暖かい感触が燐の身を包んだ。一瞬、燐は何が起こったのかわからず呆然としていた。

「さとり、様……?」
「とても、心配していたんですよ。すぐに帰ってくると思っていたあなたが帰ってこなくて」
「さとり様……」
「あなたに行かせた後、私はひどく後悔しました。無茶なことをあなたに言ってしまったと。私はあなたがここ一週間寝ずに仕事をしていたことを知っていました。しかし、私はわがままを言ってしまいました。……すみません」
「い、いえ! あたいなら別に大丈夫ですから!」
「でも、あなたは人型になれないほどに疲弊していたのでしょう?」

 燐は言葉を詰まらせた。

「あなたは少し働きすぎです。これから一週間働くことを禁止します」
「え!? そんな……」
「仕事のほうは私でやっておきます。だから安心なさい」
「だ、だめですよ! あたいがやりますよ!」
「いいえ、許可しません」

 さとりに言われ、燐は何も言えなくなった。

「燐。あなたが私に怯えてしまうのは分かります」
「!」
「それは私の能力の所為ですから……。私はあなたと会うときにあなたの心をちらりと見ます。怯えが浮き出ているあなたの心を。それを見ると私はいつも恐ろしくなるのです。燐に嫌われはしないか、燐に愛想を尽かされてしまうのではないかと。私には、あなたに嫌われないための簡単な方法をしようかしまいか、勇気の無いためにずっと考えていることしか出来ませんでした。どれだけ普通に接しようとしてもあなたの心からは怯えは消えませんでしたから。やがて……外部からの刺激によって、ようやく私はそれをする勇気を得ました」
「さ、さとり様?」

 さとりは燐の肩に手を置くと燐を体から離し、その目で燐を見つめた。そして一瞬、瞬きをすると、

「燐。あなたはこんな主でも好きでいてくれますか?」
「………………!」

 燐は実感した。これが雛の言っていた「率直に聞くこと」なんだろう、と。自分が言うのではなくさとりに言われたことで、燐はそれを理解した。
 そして燐はややパニックを起こした。まさかさとりにそんなことを言われようとは思っていなかったし、何より「率直に言われる」ことの魔力の所為で。
 えと、これはあ、あのもしかして告白ってやつ!? い、いや、これはよくある「友達として」みたいなパターンじゃ……。って、さとり様とあたいが友達っ!? あ、あたいはさとり様のペットで……って、もしかして禁断の恋!?
 ……ややではなくかなりパニックを起こしていた。

「り、燐?」
「ぷ、ぷるぷるにゃーん!?」

 燐ははたとさとりが心を読めることを思い出し、自分は何を考えているのだろうとさらに混乱した。

「……燐、落ち着きなさい」
「…………は、はい……」

 燐は胸に手を当てて深呼吸をした。少しして、落ち着いた。

「……さとり様」
「はい」
「あたいは確かにさとり様を怖がっている部分があります。もしかしたらさとり様に嫌われてるんじゃないかとか、捨てられてしまうんじゃないかとも思っていました。でも、信じてください。あたいはさとり様が大好きです」

 さとりは燐の心を見た。そして目を閉じるともう一度燐を抱きしめた。

「……燐。……ありがとうございます」
「あたいも、さとり様に嫌われて無いって分かってよかったです…………」

 燐は自分の目から熱いものが少し流れたのが分かった。



 それからさとりと燐は少しの間抱き合い、やがてさとりが燐を離して、言った。

「燐。迷惑をかけてしまったお詫びとしてあなたにプレゼントをあげます」
「プレゼント?」
「ええ、プレゼントです。プレゼントと言える物になるかどうかはあなた次第ですが」
「?」
「何か、あなたの好きなこと、したいこと、何でもいいです。私に言いなさい。叶えてあげます」
「あお、そんな! 悪いですよそんなことまでしてもらっちゃ!」

 燐はさとりから離れ、慌てて手を横に振った。しかしさとりは、

「え? 『さとり様、あたいのメイドになってください!』……困りましたね」
「何が!? あたいそんなこと考えてませんよ!?」
「『さとり様……食べてもいいですか?』……そんな、燐……」

 言ってさとりは体をクネクネとさせた。

「知りませんよ! というかあたいどれだけそっちの方向の欲望があるんですか!」
「そっちの方向?」
「………………にゃん」
「ほほぅ……燐はそんなことを考えていたのですか。スケベですね……」

 さとりはニヤニヤしながらこちらを見てそう言った。

「な、なななにも考えてませんよ!」
「ほうほう……」
「な、なんですか!」
「一度出てしまうと止まらないものなのですね。そういうのは」
「にゃ、にゃん! も、もうやめてくださいさとり様! あたいの精神的耐久力はもうゼロです!」

 燐は顔を真っ赤にして言った。
 そこでふと、燐はあることを思い出した。地上の神様と約束した、あることを。

「あ、そうだ! さとり様」
「? 決まりましたか? 地獄のスケベ、火焔猫燐」
「何ですかその二つ名! 嫌ですよ!」
「ええと……『さとり様、一緒に寝ましょう』……?」
「で、ででですからそんなこと考えてませんってば! これじゃ本当にあたいがスケベみたいじゃないですか!」
「え? 私は添い寝のことだと思ったんですが……」
「…………にゃん」

 さとりはニヤニヤしながら言った。

「やはり燐はスケベですね」
「や、やっぱり誘導したんですねさとり様!」
「燐、あなたがいけないのですよ。あなたは少し反応が面白すぎる……」
「知りませんよ!」

 さとりはクスクスと笑いながら「ほら、それが面白いのです」と言った。

「……でも、本当に先ほどあなたが考えたことでいいのですか?」

 さとりは急に顔を一変させて言った。

「……地上の神様との大事な約束ですから」

 さとりは燐をじっと見た。五秒ほどして、さとりは両目を閉じた。

「わかりました。そう取り計らっておきましょう」
「あ、ありがとうございます」
「では、もう寝なさい。あなたは疲れているのですから」
「……はい」

 燐は答えると執務室を出た。部屋には目を閉じたさとりが一人残された。さとりはゆっくりとした足取りで机に手をつきながら椅子まで歩き、座った。そして目を薄く開けて、

「私も一週間寝ないで考え事をしていた所為か少し眠いですね。……寝ましょうか」

 椅子であるにもかかわらず、さとりは目を閉じた。

 ──…………………………………………。…………かちゃ……。

「おねーちゃーん。…………あれ、寝てる? まぁ仕方ないけどね、二人とも同じくらいがんばったし。……それにしても、思ったより二人とも素直になってた気がするなぁ……。……ま、その場の空気の問題だろーねー。……さてとー、お姉ちゃんを部屋まで運びますかー。……それにしてもなんだか眠気が……ふわぁ」

 言ってこいしは大きな欠伸をした。




「ねぇ雛ー」
「何かしら?」
「そういえば雛の湧き水ってどんな効果がある水なの? いつも美味しいとは思うんだけど、なんか違和感を感じるんだよね」
「うふふ。あの水には実は少し催眠効果があるみたいなのよね。ほんの少しだけど。それと……これも少しで、しかも一度飲んでしまうと免疫が出来ちゃうらしいんだけど、誰でも一度だけ、正直になることが出来る水なのよ。どんな妖怪も、人間も、神様も」




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