「ん〜?」

 こんにちは。地上の無意識哲学者こと古明地こいしです。
 今朝起きて、地霊殿の廊下を歩いていたところ、なんだか誘惑するような匂いに攻撃されたんだ。私は無意識にもその匂いに釣られて地霊殿中庭近くの厨房に来たわけなんだけど、

「にゃっ! にゃっ!」

 珍しくおりんちゃんが厨房にたって何やらを作っている。何だろう。とっても甘い匂いがする。
 私は厨房を覗けるように取り付けられている窓から中を覗いてキョロキョロと見回す。
 あ! チョコレート! へー、おりんちゃんチョコレートなんて作ってたんだー。……でも、何で?
 私は無意識のうちに厨房に入り、そこにあったチョコレートに手を出しながら考えた。
 んむ。あ、このチョコレートなんだかタバスコの味がしてとっても辛いいいいいいいい!?

「あがーっ!! 口の中がメガフレアーッ!」
「にゃ!? こいし様!? いつの間に!? って、そのチョコレート食べちゃったんですか!?」

 何このチョコ! 甘いどころか辛いじゃん!
 私が口を手で押さえて厨房の床をのた打ち回っていると、私に気付いたおりんちゃんがこちらにやってきた。

「おひんひゃん、あほほほはひ!?(おりんちゃん、あのチョコ何!?)」
「す、すみませんこいし様。あたい……あたい、日本語しか分からないんですっ!」
「ひっへるほ!! ほんはほほ!!(知ってるよ!! そんなこと!!)」

 ああっ、発音できないっ!!
 と、とりあえず水! 水を!
 私は無意識のうちに手に取った瓶を空け、中身を口に流し込む。
 何かドロっとした液体が口の中に……あ、これってタバスコの液かぁ。あはは、これじゃあさらに口の中が辛いいいいいいい!?

「ががーっ!! 口の中がメルドタウーンッ!」
「こいし様……」

 いや助けて!? そしてそんな可愛そうなものを見る目で私を見ないで!

「にゃはは。面白いこいし様」
「わはふはーっ!!(笑うなーっ!!)」






「ふぅ……」

 二分後、そこには椅子にぐったりと寄りかかっている私が!
 ……辛かった。辛かったよぅ……。

「ありがとうございます、こいし様。しっかりと、しっかりと……ププ」
「笑うなぁ!」
「にゃははははは!!」
「殴るよ!?」

 ぐぅっ……。私としたことがペットの前であんな痴態を晒してしまうなんて……。

「そ、それであのチョコレートは何だったの!?」
「くく……そ、それはですね、」

 私は笑いを必死で堪えているおりんちゃんを睨みながら語気を強くして問う。

「今日はバレンタインデーなんですよ」
「ばれんたいんでー?」
「はい。地上で聞いたんですが、なんでも身近な人にチョコレートを送る日らしいです」

 へぇー。そんな日があったんだー。私知らなかった。

「ちなみにあれはつまみ食いに来るおくうを退治するために作ったんですよ」
「なっ……!」
「それなのにまさか、まさかこいし様が……ブフォッ!」
「だから笑うなぁ!」

 おくうと同レベル……。い、いや無意識だったから! 無意識の影響よ、きっと!

「さて、と。できたかにゃ〜」
「?」

 おりんちゃんはそう言うとキュウリ印の冷蔵庫を開けた。私は後ろから中を覗く。

「わぁ」
「食べちゃダメですよ」
「注意早っ。そんなにがっついてないから!」

 冷蔵庫の中には所狭しとチョコレートが敷き詰められていた。全て同じハート型。大きさもみんな同じ。さしずめハートチョコの軍隊とでも言ったところだろうか。

「ねーねーおりんちゃん」
「だからつまみ食いは駄目ですってば」
「おりんちゃんの仲の私はどれだけがっついてるの!? ねぇ!?」

 にゃはは、とおりんちゃんは笑って返す。……ほんとうにどう思ってるのか気になるし……。

「それで何ですか?」
「え? あ、ええと……私もチョコレート作ってみたいなって」

 私は少しおりんちゃんから目をそらしながら言った。……恥ずかしいんだもん。

「なるほど、チョコりたい、と」
「チョコるって何!?」

 チョコを作る、の略なんだってことは分かるけど、普通に言えば良いと思うのは私だけ?

「ちなみにこいし様、前にチョコったことは?」
「だからチョコるって言い方は何なの!?」
「ちょこったことは無い、と」
「え、勝手に判断された」

 まぁそうだけどさ。

「ふふ。そうだと思っていましたよ。なので、ここに既に出来上がったものが……」

 そう言うとおりんちゃんは背中から青い紙で綺麗に包装されたハート型チョコレートを出した。……って、

「いやいや! 何で時間短縮しましたみたいな話になってるの!?」
「え、だってこいし様チョコレートが食べたいんじゃ……」
「作りたいって言ったよね、私!?」

 ……人の話を聞いていないのか、私をからかってるのか分からないのがとっても悔しい……。突っ込まざるを得ないし。

「あ、そうだこいし様。せっかくだからこのチョコレート食べてみてくださいよ。もともとこいし様に渡すために作ったやつでしたし、それにまだ誰にも“本物の”チョコレートは食べてもらってないんです」
「え、いいの? あ、ありがと」

 私はおりんちゃんからチョコレートを受け取ると、包装紙を破らないように優しくそれを開いた。中からはハート型のチョコレート。甘い匂いが鼻をくすぐる。
 ぱくり。
 ハートの下の部分を食べる。

「甘い……」

 ちょうど私の好きな具合の甘さだった。
 甘すぎず、中途半端。
 これくらいがちょうどいい。

「にゃはは。失敗して無くてよかったですよ」

 ん? じゃあもしかして自分すらも食べてないってことなのかな?

「失敗って……味見とかしたんじゃ?」
「猫にチョコレートは……あばばばば」
「?」
「い、いえ、何でもないです。ハイ」

 どうしたんだろう。青い顔して震えてる。トラウマでもあるのかな。

「あ、こいし様」
「んむ?」
「ほっぺたについてますよ」
「え?」

 おりんちゃんの声に私が疑問符を投げた、そのときだった。

「ん…………」

 おりんちゃんは、私の頬に、その唇をつけていた。

「……ふ、ふぇぇ?」 

 な、な、な……?

「にゃはは……。あたいの舌はちょっとばかりざらついているんで、吸わせてもらいましたよ」
「ひ、」
「ひ?」

 い、今のってえ、ええと、ふ、ふえ? あ、あの、あのの、き、きききす……?

「ひゃあああああああああ!?」
「こ、こいし様!?」
「ひゃああああああああああ!」

 そうして私はおりんちゃんの前から走り去った。
 スイーツ。









『にゃはは。あたいたち猫にとってチョコレートは毒。そんなものを食べるはずないじゃないか。もちろん、こいし様のほっぺたにチョコレートは付いていなかった。なにせ、まだ少ししか食べてないしねぇ。
 じゃあなんであんな行動をしたのかって? そ、そりゃあ…………バレンタインデーは、す、好きな人にチョコレートを送る日だろう?
 いやぁ、こいし様がバレンタインデーのことを知らなくて助かったよ』

















『おや、チョコレートですか。燐が作っているのですね。
 どれ、一つつまみ食いしてみることにしましょう。
 ふふふ、こんなところに置いておくと空につまみ食いされてしまいますよ。
 ──あぁ、チョコレートなのにタバスコという二律背反が私の口の中で暴走して私に辛いいいいいいいいいいいいい!』




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